Vol.8 

ヴェネツィア:水網都市
 大阪大学大学院准教授 福田 知弘
  プロフィール    1971年兵庫県加古川市生まれ。大阪大学准教授,博士(工学)。環境設計情報学が専門。CAADRIA(Computer Aided Architectural Design R esearch In Asia)国際学会 フェロー、日本建築学会 情報システム技術委員会 幹事、NPO法人もうひとつの旅クラブ 理事など。著書に、VRプレゼンテーションと新しい街づくり(共著)、はじめての環境デザイン学(共著)、夢のVR世紀(監修)など。ふくだぶろーぐは、http://fukudablog.hatenablog.com/

  はじめに    福田知弘氏による「建築と都市のブログ」の好評連載の第8回。今回も、福田氏がユーモアを交えて紹介する都市や建築。この3Dデジタルシティ・モデリングにフォーラムエイトVRサポートグループのスタッフがチャレンジします。どうぞ、お楽しみください。

本家本元

「一生に一度は行ってみたい」と世界中の人々が憧れる都市、ヴェネツィア【図1】。118の島、150の運河、400以上の橋から成り、自動車は1台もない。一見、観光化されたテーマパークのように思えるのだが、6k㎡程のヴェネツィア本島の人口は約6万人。治水のため、毛細血管のように張り巡らされた運河や海と人々は共生している。島での移動手段は、水上交通と自らの足が頼りだ。

マルコ・ポーロ空港から船でサン・マルコ広場脇のホテルへ向かう。空港のターミナルビルを出ると桟橋には定期船が待っており、この時点でさすが水の都だと印象づけられる。船はヴェネツィア本島を半周しながらラグーナ(潟)を進んでいく。丁度、夕暮れ時で尖塔のシルエットが美しい【図2】。ラグーナは浅く、船の通れる道筋は決まっているそうだ。航路の両側には木製の杭が置かれ、そこに海鳥たちが羽を休めている。まだ、ヴェネツィア本島には到着していないのに、既に水の都に酔いしれている。

船着き場に着いた。重いスーツケースを引きずりながら、ナポレオンが「世界で最も美しい広場」と賞賛したサン・マルコ広場を横切ってホテルへ。

【図1】サン・マルコ広場と鐘楼
【図2】ラグーナからの夕景
【図3】鐘楼より

迷宮の中身

街なかを探検してみると、どこを歩いても絵になる風景であり、店舗に入るとつい欲しくなる素敵な品々がたっぷり。まずはサン・マルコ広場にそびえる鐘楼(高さ96.8m)に上ろう。張り切って開門前から並ぶと何と一番乗り。鐘楼の上からは、サン・マルコ広場と建物が良く見え、運河や街路はほとんど見えない【図3】。細かく組み立てられた迷宮だからか。良く見ると、アルターナ(屋上)が沢山見える。気持ちの良いプライベート空間だ。茶色のパラボラアンテナもあって景観への配慮が伺える。

運河【図4】。最も大きいものは、ヴェネツィア本島の真ん中に逆S字形をした長さ3,800m、幅100mほどのカナル・グランデ。リアルト橋の脇には潮位計があり、ここは海の上だと実感する。ヴェネツィアの建物には大量の松杭が地中の硬い層まで打ち込んであるが、水上バス・ヴァポレットは建物へ与える振動を抑えるため、速度を落として走っている。ヴェネツィアでは、水上バス、水上タクシー、観光用ゴンドラ、産業用の船など様々な種類が行き交っており正に水都。船は、眺めてもよし、乗ってもよし。個人的なお勧めは、渡し舟トラゲットに乗ってみること【図5】。実際に乗せてもらうと、の~んびりと対岸まで渡してくれる。それなのに乗船料金は1ユーロ(約130円)。ゴンドラのへりにはユーロの山ができあがっていた。

路地。建物の上層階では人が生活している様子が垣間見える。ヒューマンスケールな路地を挟んで、向かいの住人とおしゃべりしている風景や【図6】、洗濯ロープを架けて洗濯物の大きさ順に干している風景など、正にイタリアらしい。幅40cmほどしかない狭い路地もあるそうだ。空を見上げても楽しいぞ。

観光客の波から逃れようと、高級ブティックが建ち並ぶ通りから脇の路地へ入ると袋小路状の閑静な広場に出会った【図7】。この時、なんだかホッとした。それは、人込みから避けたこともあるが、広場で人々が談笑していたからだろう。もしこの広場に誰もいなかったら、それ以上進むのはちょっとためらった気がする。広場にいる人が、通りを歩く他の人々を呼び寄せる。こうやって屋外空間に人々の賑わいが魅力的に醸し出されていく。

【図4】運河
【図5】カナル・グランデのトラゲット
【図6】向かいの住人とおしゃべり 【図7】袋小路状の広場

最後に、ヴェネツィアの顔、サン・マルコ広場について興味深いこと。それは、1730年当時の風景と比べると、住民や来街客といった人々の様子は確かに変化しているが、建物や街並み、自然地形などの空間はさほど変化していないこと。これは、建物や文化の保存・修復を積み重ねながら生活してきたからだ。この間、鐘楼などは一旦壊されているが、1912年に再建されている。持続可能的かつ魅力的な都市づくりのため、ヴェネツィアから学ぶべき点が沢山ありそうだ。

【図8】トラットリアの青シャツマスター

【図9】アヌシー旧市街にて

フランスのヴェネツィア

アヌシーはスイスに程近い、フランス南東部に位置する人口5万人の町。旧市街にはアヌシー湖に通じるティウー運河が流れており、この風景は「小さなヴェネツィア」「フランスのヴェネツィア」と呼ぶにふさわしい。市街を吹き抜ける風も心地良かった。

旧市街の街なみは中々面白い。建物たちがユーモラスな形をして並んでいる。建物の下には、アーチ状のトンネルがあって、そこをくぐると隣の通りへ。一軒一軒ゆっくりと、スケッチや写真撮影をしても楽しいまちだ。アヌシー湖は、ヨーロッパで最も透明度の高い湖として知られ、旧市街の東側に位置する。アルプス山脈の近くでもあり、高い山なみが湖を囲む。

【図10】アヌシー湖

一人称の体験

着地型旅行の取り組み・大阪旅めがねで大正区のエリアクルーを務めていた時のこと。大正区はヴェネツィア本島と同様、運河や海で囲まれており、いわば「大阪のヴェネツィア」だ。そこで、大正ツアーの概要を紹介する際にヴェネツィアを引き合いに出していた。まず、上空5kmからの大正区全体の衛星写真をご覧頂く。次に、同じ縮尺のヴェネツィア本島の衛星写真をご覧頂きながら、「これはどこの都市でしょう?」とクイズ形式で質問するのだが、旅人たちは案外答えられないものだ。その次に、カナル・グランデを撮影したスナップ写真【図5】をご覧頂くと、誰もが「ベニス!」と答えてくれる。このようなクイズを続けてきて感じたのは、鳥の眼で描かれた衛星写真よりも、人の眼で描かれたスナップ写真の方が、やはりパッと見て判りやすいことである。このことは、VRが一つの目標として「没入感の向上」を掲げ、三人称視点の体験ではなく一人称視点の体験を目指して技術開発されてきた経緯とも繋がりそうだ。


大阪旅めがね
水都大阪2009を機に発足した市民がつくる新しい着地型観光のカタチ。「まち歩き・体験を通して、大阪の魅力を発信していきたい。」そんな想いをもった大阪を愛するメンバーが自ら企画し、エリア―クルーという案内人が、大阪の各地を案内する。




3Dデジタルシティ・ヴェニス by UC-win/Road
「ヴェニス」の3Dデジタルシティ・モデリングにチャレンジ
UC-win/Roadによる3次元VR(バーチャル・リアリティ)モデルを作成したものです。150もの運河が網の目のように張り巡らされた「水の都」ヴェネツィアと、ジュネーブからほど近い、「フランスのヴェネツィア」と呼ばれる町アヌシーを表現しました。ヴェネツィアの運河に面したトラットリア、カナル・グランデ(大運河)に架けられたアーチ橋、ヴェネツィア観光に欠かせない運河を行き交うゴンドラ、中世からの歴史を色濃く残すアヌシーの旧市街の街並みが運河に映える様子をUC-win/Roadの湖沼表現の機能を活用してリアルに表現しています。

 
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(Up&Coming '10 晩秋の号掲載)
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