連載 Vol.7
 
吉川 弘道 東京都市大学 名誉教授
早稲田大学理工学部卒業、工学博士、コロラド大学客員教授(1992-3年)。専門は耐震工学、地震リスク、鉄筋コンクリート。土木学会論文賞、土木学会吉田賞他受賞。著書に『都市の地震防災』(フォーラムエイトパブリッシング)他多数。現在、インフラツーリズム推進会議議長を務めるほか、「魅せる土木」を提唱。‘土木ウォッチング’、‘Discover Doboku’を主宰。土木広報大賞2019(土木学会)準優秀部門賞(イベント部門)受賞。
Episode21
ヨーロッパを陸続きにした鉄のモグラTBM
― EU統合の象徴ユーロスターの開業 ― 
■開業から四半世紀を迎えたユーロスターEurostar:
1994年に開業した高速鉄道ユーロスターは、既に四半世紀が経過した。2016年にはアムステルダム(オランダ)までの運行が開始し、ヨーロッパの主要な交通施設となっている。最高速度300km/hで走行し、主要都市(ロンドン-パリ:2時間15分、ロンドン-ブリュッセル:1時間50分)を高速で繋ぐ。

WELCOME “EUROPA” BIENVENUE [Photo1]。 1991年5月22日、欧州大陸とイギリス本島を結ぶ英仏海峡海底鉄道トンネルの1本が貫通した瞬間である。賢らに歓喜することなく坑内業務に勤しむエンジニアの姿が心を打つ。一転して[Photo2]は、偉業を成し遂げたエンジニアたちの誇らしげな記念写真である。

【謝辞:川崎重工から提供された画像と資料により”物語”にしました】 世界記録を残した川崎重工のトンネル掘削機
1 1991年英仏海峡海底トンネルT2が貫通した(提供:川崎重工) 2 英仏海底トンネルの開通に沸く坑内
(提供:川崎重工)

トンネルボーリングマシン(TBM: Tunneling Boring Machine)とは、地盤/岩盤中を巨大なカッターヘッドで掘削し、支保するマシンである([Photo3]は、現地搬入前の国内での仮組立と試運転)。このプロジェクトでは、海面下100m、海底下40m、10気圧のもとで敢行され、最大月進1,200m(おそらく世界新記録であろう)を樹立したことも強調したい。

3 現地搬入前の組立と試運転を終えたTBM(川崎重工・播磨工場)

EU統合の象徴として1994年(平成6年)に開業した高速鉄道ユーロスターの運用は、既に四半世紀が経過。2016年(平成28年)アムステルダムへの新路線開通を機に、家族旅行でロンドン-ブリュッセル間に乗車した。ロンドンを始発してやがて英仏海峡海底トンネル通過のお知らせが車内に掲示された[Photo4]。日本人として何とも誇らしい気分で、廻りの西欧人(??)に伝えようかと辺りを見渡したが、思いとどまり同行の家族に説明した次第である。

4 海底トンネルの通過を知らせる車内の電光掲示。
ロンドン発ブリュッセル行ユーロスターにて著者撮影(2018年5月)


Episode22
長大吊り橋のメカニズム
― どういうメカニズムで長大橋を
支えているのか? ―
 
■長大橋の構造比較:吊り橋vs.斜張橋
橋のスパンが200mを超すと、斜張橋または吊り橋が選択されることが多い。どちらも吊り構造のため外観は似ているが、その耐荷メカニズムは異なる。
・吊り橋:ハンガーロープが橋桁を支えている。主ケーブルは多数のハンガーロープの重みによってたわんで曲線を描く。
・斜張橋:主塔から斜めに張られたケーブルが、直接橋桁を支える。
最大スパンから言えば吊り橋が勝るが、構造は複雑になりより長い施工期間となる。

吊り橋(Suspension Bridge)とは、 ケーブルなど高強度で曲がりやすい部材により橋桁と床版を吊り下げる橋の総称。近代の大型吊り橋は、通例2本の主塔を設置し、その背面にアンカレイジとなる橋台を設け、その間(橋台~主塔~主塔~橋台)に張り渡した主ケーブルにより、通行路となる橋桁(補剛桁)を吊り下げる。下から見上げた補剛桁[Photo1]から、長い長い支間距離(桁下空間)をとっていることに着目されたい。ただし、[Photo1]に見えてる支間は、世界最長の中央支間ではなく側径間である。

吊り橋の構造的なメカニズムを知るには、その主要部材に着目することから始まる。ここでは、明石海峡大橋を例にとり、4つのPhotoによって、順次、主塔+下部工、橋台、主ケーブル、補剛桁(橋桁)の写真を提示したい。巨大橋梁の解剖である。先ずは、主塔[Photo2]が、海面下の下部工の直上に設置される。

両端の橋台が主ケーブル[Photo3]に生じる膨大な引張力を受け止める巨大なアンカレイジ(Anchorage)として機能し、その自重と底面との摩擦力により抵抗する(主塔側に、引き込まれない様に踏ん張っている)。

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1 先ずは、補剛桁を見上げてダイナミズムをご覧あれ  2 正面と遠方の2本の主塔を確認されたい

吊り橋は、高く堅牢な主塔が主ケーブルを通じて橋全体を保持していると見ることもでき、主ケーブルには引張力、主塔には圧縮力が作用する。地盤と繋がるのは、通例、両側のアンカレイジと主塔基礎の4カ所であることも重要なポイントとなる。主塔~橋台間および主塔~主塔間に張り渡された主ケーブルは、直下に多数のハンガーロープ(吊索)を吊り下げ、今度は、ハンガーロープが橋桁を吊り下げることになる。[Photo3]は主塔~橋台間の写真であり、遥か遠方には橋台(アンカレイジ)[Photo4]が鎮座している。

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3 2本の主ケーブルに多数のハンガーケーブルが垂れ下がる 4 コンクリート製の橋台(補剛トラスと太い主ケーブルも見える)

吊り下げられた橋桁とその床版は通行荷重を支え、鉄道橋や道路橋として機能する([Photo5]は補剛トラスを内部から見たもので、通行路ともなっている)。橋桁自体は、通行路として橋の形状を保つ剛性・強度があれば十分なので、補剛桁とも呼ばれる。

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5 補剛桁を内部から見る(点検や見学にも使われる)

主塔間の距離は中央支間(Center Span)と呼ばれ、世界の長大橋梁は中央支間の距離を競っている。多くの橋梁形式の中で、吊り橋は最も長い中央支間を採ることができ、例示した明石海峡大橋は,世界最長1991mを誇る。一方では、このような巨大構造物は複雑多岐にわたる構造設計が必要になる。柔構造があるが故、特に耐風安定性に対する入念な検討が必要である。

さて、締め括りとして、吊り橋の全体像を見て頂きたいが、紙面の容量もあり、下記サイトを閲覧されたい(敢えて、上記とは別の長大吊橋を例示している)。
土木ウォッチング「臨海副都心と都心を結ぶレインボーブリッジ」

本来なら、橋梁そのものの自重(死荷重Dead Load)をどのように支えているのか、車両や列車などの交通荷重(活荷重Live Load)をどのように受け止めるのか、大地震が襲来した場合(耐震設計Seismic Design)、台風が襲った場合(耐風設計Wind Resistant Design)などについて、それぞれの耐荷メカニズムを説明する必要がある。機会を改めて紹介/解説したい。


Episode23
地下に建造された巨大水槽スーパーカミオカンデ
― 先進の空洞掘削技術が可能にした地下実験施設 ― 
■ニュートリノ天文学を結実させた巨大水槽:
岐阜県神岡町(現・飛騨市)に建設された地下実験施設は、小柴教授(東京大学)が構想・実現した。超純水を満たす巨大水槽の容量は、カミオカンデ(3000トン)、スーパーカミオカンデ(5万トン)、次世代施設ハイパーカミオカンデでは26万トンとも伝えられている。
【参考:讀賣新聞2020年11月19日夕刊】

岐阜県神岡鉱山の地下1,000mに建設され地下実験施設スーパーカミオカンデ[Photo1]。巨大な地下空間を5万トンの純水で満たし、宇宙から降り注ぐ素粒子ニュートリノの検出実験を実施するもので、1996年より観測が開始された。一連の研究成果は梶田隆章教授のノーベル物理学賞(2015年)に発展し、日本中が湧きあがったことは記憶に新しい(その前身であるカミオカンデは1983年に稼働し、その後小柴昌俊教授のノーベル物理学賞(2002年)に繋がった)。

岩盤空洞の形状は、直径40m高さ45.6mの円筒形および上部に接続する高さ12mの半回転楕円体ドームにて形成される。これは、空洞の力学的安定および建設費の観点から設計された軸対称構造である。工法的には、スムースブラスティング、NATM工法(吹付コンクリート)、先進グラウト工法、長尺ロックボルトなどが重要な要素技術である[Photo2]。加えて、岩盤挙動計測(内空変位、ボルト軸力etc.)および3次元弾塑性FEM解析などが試みられ、情報化施工(Computer Aided Construction)の先駆けでもあった。

【写真提供:東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設】 
1 スーパーカミオカンデの全体構造図

画像をクリックすると大きな画像が表示されます。 画像をクリックすると大きな画像が表示されます。
2 岩盤内に建設中の地下空間(円筒形+半回転楕円体ドーム) 3 水槽内壁の超高感度光電子増倍管の設置作業

東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設が主導する一連の研究は、カミオカンデからスーパーカミオカンデ[Photo4]と受継がれ、それぞれノーベル物理学賞に繋がったことは日本人の誇りでもある。その後継として、国際協力科学事業ハイパーカミオカンデの計画が報じられている。ここでは、更なる大容量の地下水槽(容量26万トンとも伝えられている)を必要とし、先進の大空洞構築技術が再登場することになる。

4 超高感度光電子増倍管の設置完了後、純水が満たされる

そして、このEpisode23を閲覧している若手エンジニア、学生/院生諸君が、この国際プロジェクトに参画することも、あながち夢物語ではない。わが国の誇るノーベル物理学賞の栄光の方程式を担う、鉱山エンジニアや建設エンジニア達を鼓舞激励したい。

■ 東京大学宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設HP
 http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/
■ スーパーカミオカンデ 公式HP
 http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/sk/news/
■ 参考文献:スーパーカミオカンデの空洞掘削について
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/shigentosozai1989/111/6/111_6_381/_pdf

【出典:すべて東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設】


Episode24
日本の国際空港メガエアポートを巡る
― 空港土木施設に興味津々 ― 
■滑走路の長さと方向:
滑走路の長さは、大型ジェット旅客機で2500m、長距離国際線では3000m程度必要とする。日本で最も長い滑走路は、成田空港A滑走路と関西空港B滑走路の4000m。また、滑走路の方向は、気象条件や地理条件の制約を受けて設計/建設され、(新千歳空港の場合)01/19のような指示指標にて表示される。近代の国際空港では複数本の滑走路を運用し、より効率的な安全運航に努めている。

空港施設は、誘導路、エプロン(駐機場)、滑走路、旅客ターミナルビル、貨物ビル、管制塔、格納庫など面的な拡がりを持つ複合エンジニリング施設である。企画設計に際しては、周辺の陸海空からの制約が大きく、風向きなど気象条件によって運用が左右されることなど、空港ならではの特徴に配慮することが欠かせない。

旅客ターミナルに代表される華やかな国際空港はワクワク感満載であるが、運航を下支えする空港土木施設については、土木技術者(Civil Engineer)の出番となる。巨大複合施設のうち、滑走路/過走帯/誘導路、エプロン、標識施設などを対象とした“空港土木施設設計要領”(国土交通省航空局)が制定されていることを付記したい。

さて、Episode24では、我が国の4つの巨大空港を採り上げ、航空写真によってその構造やレイアウトを俯瞰して頂きたい。

1 新千歳空港CTS

以下に4空港の概要を列挙したが、空港名称には英字による空港コード(IATA 3-Letter codes)を併記している(身近な例として、預入れ荷物のバゲージクレームタグに大きく印字されている)。加えて、空港施設の心臓部である滑走路の基本仕様(長さ×幅、指示指標)を記している。指示指標とは滑走路の方向を表す2桁の数字。例えば、中部国際空港[Photo3]では、手前左に36、遠方18が見えるが、それぞれ360°(北)、180°(南)を表している(当然のことながら、両数字の差は18となる)。また、成田国際空港[Photo2]のように2本の平行滑走路が運用される場合、A滑走路16R/34L、B滑走路16L/34Rと表示され、R=右側、L=左側を表す。

2 成田国際空港NRT (提供:国際航業株式会社) 3 中部国際空港NGO

[Photo1]新千歳空港CTS:国内/国際航空ネットワークを担う北の拠点空港。
A滑走路:3000m×60m 01L/19R
B滑走路:3000m×60m 01R/19L

[Photo2] 成田国際空港NRT:国際線に限れば国内最大の発着規模であるが、羽田シフトが進んでいる。
A滑走路:4000m×60m 16R/34L
B滑走路:2500m×60m 16L/34R

[Photo3] 中部国際空港NGO:伊勢湾内に建設された海上空港。愛称はセントレア。
滑走路:3500m×60m 18/36

[Photo4] 関西国際空港 KIX:大阪湾泉州沖に建設された海上空港。24時間運用可能な西のゲートウェイ。
A滑走路:3500m×60m, 06R/24L
B滑走路:4000m×60m, 06L/24R

4 関西国際空港 KIX

【参考:基礎からわかる空港大百科 イカロスMOOK】



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