未来を可視化する

長谷川章のアート眼 
Vol.30 最終回

社会の未来を語るキーワード「シンギュラリティ」をテーマに、長谷川章氏のアート眼が捉えるものを連載していきます。人類が生命を超え、加速する未来を可視化する鍵を探ります。

長谷川 章(はせがわ あきら)

デジタルアーティスト

世界におけるプロジェクションマッピングの草分け的存在。全国の文化財や自然風景を舞台に、空間に息づく記憶と光を結ぶ表現を続けている。その体験は、観る者の心に共鳴を呼び起こし、「眼をあけて夢を観る」ような感覚を与えるアートである。

Akira Hasegawa

目を開けて夢を見る時代へ

人は、絵の描き方を習ったことがなくても、夢の中では驚くほど鮮やかな風景を描き出し、時には映画のように連続する世界を自在に展開する。老若男女を問わず、誰もが「完璧な世界」を夢の内部に生成できるという事実は、人間という存在が根源的に“創造の装置”であることを示している。

しかし夢は同時に、奇妙な偏りも見せる。視覚は豊穣なのに、音は朧げで、匂い・味・温度・痛覚といった五感はほとんど姿を見せない。

私たちは夢の中で、本来の五感すべてを使うのではなく、視覚と言語の領域に偏った“限定された世界”を体験しているのだ。それは、夢という媒体そのものの特性なのか。それとも、現実世界が言語と視覚を中心に回っているがゆえに、夢もまたその構造を写し取っているのか。

この問いを思い返すほどに、今日のAIの振る舞いは、むしろ夢の構造に酷似している。膨大な過去データが潜在的な「記憶領域」を形成し、そこに言葉というトリガー(引き金)を与えることで、選択・編集・合成・再構成が行われ、映像・物語・概念として立ち現れる——まるで人工の夢だ。

私は30年前から「目を開けて夢を見る時代が来る」と言い続けてきたが、その予兆は今、誰の目にも明らかになった。世界は、夢の内部に閉じるのではなく、目を開けたまま“外界を舞台に夢を実現する”方向へ動き始めたのである。

コンピュータネットワークは地球規模で張り巡らされ、その末端にはPCやスマートフォンがあり、そのさらに奥には人間の脳が接続されている。

脳と脳が情報の結節点としてつながり、シナプスのようなネットワークを形成し、地球全体がひとつの巨大な脳——“地球脳(Global Brain)” として動き始めている。これこそが、今日のAI社会の姿ではないだろうか。

ただし、夢が視覚と言語に偏るように、AIもまた視覚と言語の領域にとどまっている。匂い、味、触覚、温度、身体感覚を完全に再現する“総合的な感性インターフェース”は、まだ存在しない。

それでもなお、AIは夢のように世界を創造し、共有し、拡張する装置となりつつある。人類はついに、「夢の能力を外部化する技術」 を手にし始めたのだ。

そしてここからが本質である。

AIが生み出すのは多数派の平均値でも、コンビニの棚のように選択肢を並べただけのものでもない。人間の想像力が、既存の枠を破って“まだ存在しない像”を引き寄せるとき、そこに初めて“未来”が生まれる。

AI時代における創造とは、答えを出すことではない。

問いの境界を押し広げ、世界の可能性を拡張する行為そのもの なのだ。

私たちは今、誰もが「目を開けたまま夢を見るための装置」を手にしている。

だからこそ、アーティストは問い続けなければならない。

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