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ユーザー紹介/第140回

秋田県 にかほ市

2,500年前の鳥海山の山体崩壊を起源とする「象潟」九十九島、芭蕉も来訪

1804年の象潟地震を経て今日に至る変遷のスペクタクルを当社AR/ VR技術用いて再現

秋田県にかほ市

URLhttps://www.city.nikaho.akita.jp

所在地秋田県にかほ市

市の基本情報
2005年に3町が合併して誕生。秋田県南西端に位置し、人口は約2万3千人

にかほ市役所・象潟庁舎

東北で2番目の高さを誇る鳥海山。日本百名山、日本百景、日本の地質百選に選定されている

ねむの丘沖から眺める鳥海山

鳥海山と日本海に育まれた、人々を惹きつける独自の環境

「にかほ市」は2005年10月1日、それまでの仁賀保町、金浦町および象潟町の3町が合併して誕生。山形県と県境を接する秋田県南西端に位置し、西は日本海に臨み、南に鳥海山を仰ぎ見る風光明媚な地として知られます。

特に鳥海山は、山形県と秋田県に跨り、標高2236mと東北地方で2番目の高さを誇る独立峰の活火山。その山頂から海岸線まで直線距離で約16㎞という近さは、極めて珍しい地理的特徴とされます。

また、県内にあっては比較的温暖な気候であり、固有の高山植物が象徴する豊かな自然環境に加え、その山麓には「象潟」九十九島のほか、高原や湿原、湧水群などの天然の観光スポットにも恵まれたことから、古くより多くの文化人や旅行客を惹きつけてきました。

さらに、世界的な電子部品メーカーTDK株式会社(本社東京)の発祥の地ということもあり、市内では同社工場をはじめその関連企業を中心とする数多くの中小工場が操業。地理環境を活かした農・水産業とともに地域経済を支えています。

こうした自然や社会経済的な条件、施策を通じたメリットなどを背景に、「住みたい田舎」ベストランキング(宝島社)や「住みよさランキング」(東洋経済新報社)の北海道・東北ブロックでは例年、上位にランクされている、と市川市長は解説します。

秋田県にかほ市市長 市川 雄次 氏

芭蕉らに愛された象潟の再現へ

「芭蕉が訪れた、往時の九十九島の姿をどのように再現するか(という問題)は、市議会などで以前から議論されてきました」

市川市長が市議会議員を経て現職に就任したのは、2017年11月。ちょうどその頃、農業基盤整備の一環としてほ場整備を行うにあたり、対象箇所の一部を「潟に戻しては」という案も浮上。検討が試みられたものの、農地法や農業用水確保などに関連して実現困難な様々な問題が顕在化。現地を往時に戻すアプローチは断念するに至った経緯がある、といいます。

一方、早くから市の行政プロセスへのデジタル技術利用に取り組むべきと考えてきたという市川氏は、市長就任とともにそれを推進。そうした流れの中で、2020年にフォーラムエイト本社(東京)を訪問する機会を得、そこでUC-win/Roadを核とするVRの多彩なソリューションに触れて、その技術力の高さと可能性を実感。同市としてそれらの技術を活用し、かねてより懸案だった鳥海山の山体崩壊や九十九島の変遷を再現できれば、と着想。翌2021年度の予算化に繋がった、と振り返ります。

約60万年前の火山活動により形成したとされる鳥海山。約2,500年前(紀元前466年)に発生した山体崩壊と岩なだれにより、山頂から約60億トンもの土砂が崩落。その一部は海岸部を越えて日本海に流れ込み、現行市域周辺に浅い海と数多くの小島から成る今日の姿に通じる地形がもたらされました。

その後、長年の堆積作用を経て浅海は潟となり、島々には樹木が茂るなどし、絶景として広く知られた九十九島の原形が生成。17世紀に当地を訪れた松尾芭蕉をはじめ多くの歌人、俳人らが目にした九十九島はまさにそのような光景だったと想定されています。

ところが、1804年に起きた象潟地震で象潟の一帯は約2m隆起。これにより潟は陸地化します。一方、その後の開発機運の高まりに抗した景観保存の努力もあって、鳥海山の山麓に多数の流れ山とそれらの周辺を埋める田園とが織りなす、国の天然記念物にも指定される「象潟」九十九島の自然と風景は、現在に継承されています。

今回の市の取り組みでは、このような今日に至る鳥海山や九十九島にフォーカスした地域の景観的推移を、先進のAR/ VR技術により誰もが容易に体感できるようにすることが目指されました。

鳥海山の山体崩壊から今日に至る象潟、北前船も再現するARを構築

にかほ市のARコンテンツ構築事業に携わることになり、まずベースとなるにかほ市の現況の3DVRを作成。そこに、1)約2,500年前に起きた鳥海山の山体崩壊と岩なだれにより浅海や数多くの小島が生まれ、2)やがて古来人々を惹きつけ、芭蕉も目撃したであろう九十九島の光景へと推移し、3)1804年に象潟地震が起きて潟が陸地化し現在に近い姿が現れる ― というプロセスを現況のVRに重ね合わせて再現。併せて、江戸時代から明治時代にかけて日本海の海運で大きな役割を果たし、同市の金浦湊、三森湊および平沢湊がその寄港地として日本遺産に認定されている「北前船」にもフォーカス。潟が陸地化する前の当地が、航行する船からどう見えていたかも同様に再現しています。

そのうち、北前船にフィーチャーしたラフ段階の成果は、2021年11月のフォーラムエイト デザインフェスティバルの「3D・VRシミュレーションコンテスト・オン・クラウド」にも出品。審査員特別賞 地域づくり賞を受賞しています。その後、2022年3月末までに一連の3D・VRを完成。さらに、それらのVRを実際の景色に重ね合わせて見ることが出来るARシステムを構築しています。

4月29日からはARによる観光サービスをスタート。例えば、仁賀保高原最南端の風車エリアに設置され、360度見渡せる仁賀保高原南展望台で日本海や鳥海山、山体崩壊の痕跡である東鳥海馬蹄形カルデラなどに向けてスマートフォンをかざすと、誰でも容易にそれらのAR体験をすることが可能になっています。

第20回 3D・VRシュミレーションコンテスト オン・クラウド 審査員特別賞受賞作品
にかほ市北前船再現VRシミュレーション

約2,500年前の山体崩壊により現在の鳥海山の風光明媚な景観が生まれた

日本遺産に認定されている北前船

コンテストでは「地域づくり賞」を受賞

WebVRへの展開、観光・教育分野での更なる有効活用を視野

「今回出来上がったものをいかにもっと活用していくかが、自身らに課せられた次の取り組み」と市川市長は語ります。

その一つとして進行中なのが、現地に行かなければ得られないARの観光サービスと同じような体験を、WebVRによりインターネットで繋がった自宅のパソコンやスマホからも可能にしようというもの。

にかほ市の観光サイトにアクセスして事前に体験してもらうことで、来訪意欲の増進に繋げてもらえれば、と同市商工観光部観光課観光振興班の佐藤大樹副主幹兼班長はその狙いを説明します。WebVRプラットフォーム「F8VPS(フォーラムエイト・バーチャルプラットフォームシステム)」を利用して構築中の新システムは現在、完成前の調整段階にあり、今年度内の完成を目指しています。

秋田県にかほ市商工観光部観光課観光振興班
佐藤 大樹 副主幹兼班長

一方、秋田県にかほ市と由利本荘市、山形県酒田市と遊佐町の3市1町が取り組む「鳥海山・飛島ジオパーク」(2016年、日本ジオパークに認定)ではユネスコ世界ジオパークの認定を次なるターゲットに位置づけ。そこで、まず子どもたちに自身らの地域について知ってもらうため、一連のAR/ VR成果を学習教材として活用。さらにそのノウハウを敷衍して教育旅行の誘致にも繋げられれば、と佐藤氏は構想を描きます。

「芭蕉が憧れたという景色をリアルで体験することが今はもう叶わない状況です。現地でガイドさんの言葉や紙で説明してもなかなか地域の魅力を十分には伝えきれないことが観光地として大きな課題でした。それが今回の技術を活用して視覚的に再現でき、分かりやすく楽しめるようになっていますので、多くの方に体験していただければと思います。」

WebVRプラットフォームF8VPSによるVR体験コンテンツを展開。地域の景観の推移をメタバースでリアルに体感できる。一番下はかつて九十九島が海に浮かんでいた時代の風景を見ることができるシーン

にかほ市への来訪意欲創出を目的としたAR観光サービスを展開。景色に重ね合わせられるARコンテンツの例(上:日本海に浮かぶ北前船の再現/下:九十九島の再現)

AR/ VRの広範な適用可能性、カギは地域課題に即した想像力

「私たちの地域は、山があって海があって良いところだと言われながら、それらをうまく情報発信できていない弱みがありました」

それが今回の取り組みの中でAR/ VRを使う機会を得、市川市長は情報発信の手段としてのその有効性を実感。また、視覚化という観点から、同技術を用いて市の持てる資源を活用しながらどういう街であるべきかという街づくり、あるいは未来予測のシーンへの適用展開を想定。市民に対し、より説得力のある説明に繋がるはず、と新たな可能性に言及します。

一方、それまでインフラ整備の分野を中心に豊富な実績を蓄積してきたフォーラムエイトの3DVR技術を観光分野に導入。その経験から同技術の活用分野に制約はないと確信。その際、当社から「こういうふうに使ったらどうでしょうか」といった提案もなされるとは言え、ユーザー側がいかにフォーラムエイトの保有・提供する技術を自分たちのものとして活用するか、そのアイディアが重要になる。つまり、行政として税金を使って行う以上、ただ「面白そう」というだけでは済まされない。地域の課題にうまくマッチングさせる想像力がそこでは求められる、と市長は説きます。

「AR/ VRは使おうと思えば、教育や福祉を含めどんな分野にも恐らく落とし込むことが出来るはずです。そのため自分たちの地域課題に即して利用するような想像を普段からしていれば、こうした技術を活かしていけるのでは、と思います」 

執筆:池野隆
(Up&Coming '23 新年号掲載)