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●海、そしてシドニー港 子供の頃、父親に連れられて、よく海釣りに出かけたものだ。明石港からフェリーで淡路島へ渡り、日が上る前から投げ釣りをはじめる。釣果は、ベラ、キス、アブラメ、メバル、コチ、カワハギ、カレイ、フグ(笑)。また、日曜日の夕方になると、近所の防波堤で、サビキ釣り。こちらの釣果は、アジ、イワシ、サバ、ボラ(笑)。最近はとんとご無沙汰してしまったが、3年ほど前、女木島(香川県)で久しぶりにサビキ釣りを楽しんだ。魚が釣れた瞬間は本当に感動モノ。 さて、今回ご紹介するシドニーは、人口430万人を有する、オーストラリア最大の都市。普段我々が目にするメルカトル図法で描かれた世界地図を眺めると、アメリカやヨーロッパと比較して、シドニーは日本から随分近くに感じられる。しかし実際には、東京からサンフランシスコやストックホルムと同程度の距離(約8,000km)に、シドニーは位置する。 シドニーの風景を代表するシドニー港(Sydney Harbor)は、港口から奥までの長さが19kmにも渡るリアス式海岸であり、世界三大美港の一つといわれる(他は、リオデジャネイロ、サンフランシスコ)。
●シドニー・オペラハウス シドニーに来れば必ず訪れたい場所、シドニー・オペラハウス。誰もが独創的な形態をしたシェルを一度は見たいと願う、夢の現代建築。私より若い年齢なのに、既に世界遺産に登録されている。 オペラハウスは、国際設計競技で1等当選したデンマークの建築家ヨーン・ウッソン(Jorn Utzon)らが、14年の歳月をかけて建設、1973年に完成した。当初の案は、放物線の断面形状。しかしながら、この案は実現が困難であったため、構造設計者オヴ・アラップ (Ove Arup)氏は、構造的・施工的に成立させるために、同じ半径の球面の組み合わせによって構成するシェル構造として解決を図った。 2008年、ANZAScA2008カンファレンスの後、オペラハウス・建築ツアーに参加した。プロガイドの説明は、説明する位置、タイミング、ゲストの参加のさせ方など、大変参考になる。口頭説明だけでなく、コンクリート・シェルに映像を映しながらオペラハウスの建設プロセスを紹介するなど、映像を使用した説明は大変わかりやすい。実はオペラハウスを訪問していた丁度この日(2008年11月29日)、ウッソンがこの世を去った。氏の死は、最近になって知ったのだが、単なる偶然とは思えない。
●ハーバーブリッジ シドニーは交通の利便性が非常に高い都市だと感じる。飛行機、鉄道、モノレール、LRT、バス、タクシー、フェリー、水上タクシーと、交通の種類も豊富。利便性の高さを具体的に紹介すれば、例えば、シドニー国際空港からシドニー中心部・セントラル駅へは、電車でわずか15分。また、オペラハウスやハーバーブリッジのあるサーキュラーキー(Circular Quay)地区は、都心へアクセスする鉄道駅とフェリーの船着場が直結している。 ハーバーブリッジは、1932年に完成。全長1,500m、支柱間約500m。最上部で134mになるアーチの頂上部まで登るアトラクション・ツアー「ブリッジクライム」は有名。オペラハウスからハーバーブリッジを視力検査も兼ねてじっ〜と見ていると、人々が頻繁にクライムしている様子が観察できる。ブリッジクライムのゲストは、景観に配慮してか、橋と同じ色のスーツを着用している。 サーキュラーキー地区は、歴史を大切にする工夫も色々と実践されている。例えば、サーキュラーキーのエプロンには、かつての海岸線の記憶が、1788年時点(植民地成立時点)の海岸線が円い鋲で、1844年時点の海岸線が四角い鋲で、それぞれ記されている。
●フィッシュマーケットとマンリー シドニー・フィッシュマーケットは、オーストラリア中から65トンの魚が競りにかけられる、世界第2位の魚市場。第1位はなんと、東京築地市場だそう。「美味しい海産物はみな築地にあつまる」といわれる所以か。魚市場は、都市観光の楽しみの条件といわれる、「食べる」楽しみ、「買う」楽しみ、「見る」楽しみ、「憩う」楽しみなど様々な要素が複合しており、本当に楽しい場。夕方に訪問したが、シドニー市民や旅人は魚市場で買って食べながら、休日のひと時を過ごしていた。 マンリーは、タスマン・シー(Tasman Sea)からシドニー港に入る半島に位置する町。ジモティに勧められて訪問してみた。マンリーへ向かう海上には、ヨット、観光船、漁船、フェリーなどが浮かび、水辺と共生するオージーのライフスタイルを存分に感じさせてくれる。 カフェやレストラン、ビーチ、アートをテーマとしたフリーマーケットなど、とにかく魅力に溢れたマンリー。将来のイアン・ソープを目指す?子供達が集まる水練学校も。「マンリーは、住んでよし、訪れてよし」と脳にしっかりと焼きついた。
●シドニー大学 シドニー大学へ初めて訪問したのは、前号でご紹介したCAADRIAカンファレンス。2001年に開催され、私にとっては南半球で最初の論文発表の場。思い出すのは、私自身がプレゼンテーションをはじめようとした正にその瞬間に、火災報知機が鳴り響き、全員が屋外へ一時避難したこと。結局何事もなかったのだが、お陰様?でプレゼンテーションの緊張はどこかへ吹っ飛んでしまった。
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| (Up&Coming '10 新年号掲載) | ||
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