はじめに    福田知弘氏による「建築と都市のブログ」の好評連載の第5回。今回も、福田氏がユーモアを交えて紹介する都市や建築。この3Dデジタルシティ・モデリングにフォーラムエイトVRサポートグループのスタッフがチャレンジします。どうぞ、お楽しみください。


Vol.5 

信濃大町:北アルプスの資源を活かして
 大阪大学大学院准教授 福田 知弘
  プロフィール    1971年兵庫県加古川市生まれ。大阪大学准教授,博士(工学)。環境設計情報学が専門。CAADRIA(Computer Aided Architectural Design R esearch In Asia)国際学会 フェロー、日本建築学会 情報システム技術委員会 幹事、NPO法人もうひとつの旅クラブ 理事など。著書に、VRプレゼンテーションと新しい街づくり(共著)、はじめての環境デザイン学(共著)、夢のVR世紀(監修)など。ふくだぶろーぐは、http://fukudablog.hatenablog.com/

湧水のまち

北アルプスからの豊富な湧水に恵まれた「水のまち」、長野県大町市。網の目のような水路が市内を流れている。大都市では近年、高度浄水処理が施された水道水がPRされているが、大町では依然、湧水を滅菌処理した水道水が使われている。

街なかを歩くと、「男清水」「女清水」と書かれた水場に出会う【図1】。男・女と名前が違うのは、信濃大町駅から北に伸びる商店街を境に水系が異なるため。商店街東側は標高900mにある山里の居谷里という池の湧水である「女清水」、西側は標高3,000mにある上白沢の湧水「男清水」。二つを合わせた水は、「縁結びの水、夫婦円満の水」と呼ばれる。

2010年春、NPO地域づくり工房代表・傘木宏夫さんを訪ねた。2002年10月に設立されたNPOは、北アルプスの自然環境を活かした市民主体の活動を推進しながら、大北地域の交流拠点を目指す。地域で生かされていないもの、行政や大企業では手が出せないものにこそ仕事おこしのチャンスがあると発想、多彩なプロジェクトを企画実践している。

【図1】水場

くるくるエコプロジェクト

くるくるエコプロジェクトは、大町に適した自然エネルギーを掘り起こすべく、農業用水路の落差工を活用して、10kW未満のミニ水力発電所を整備し、観光や学習の場として利用しようと2003年に立ち上げたものである。

その中の一つ、駒沢ミニ水力発電所は、ベトナム製の縦型水力発電機を使用。8万円という廉価な装置で最大出力0.7kW。見学した際、「こんな装置で発電できるの?」と失礼ながら思ってしまった。山際にあって枯れ枝や落ち葉などの流入物が多く連続運転はなされていないが、必要量を蓄電して獣害防止柵に利用している。手慣れた傘木さんだからか、FRP製の導水路と水車を5分ほどでセットアップし、電気を付けてくれた【図2】。

【図2】駒沢ミニ水力発電所(左:電力パネル/右:発電所)

一方、川上ミニ水力発電所は、川上さんが自宅前の水路にミニ水力発電所を整備して、自宅用電源として利用。最大出力は0.3kW程度であるが、24時間蓄電していると冬季は約3割、その他の季節は約5割の電気をまかなうことができ、省エネに貢献している。らせん型水車と変電設備は全て自前であることには驚いた。特にブロック塀で造られた変電設備室は扉を開けてビックリ【図3】。

実際にこれらを見ると、水力発電の原理が直感的によくわかる。子供だけでなく大人も十分学べる環境学習施設。

一方、発電所を整備する際、利用する水路や河川は公共のものであり、勝手に私物化することはできない。そのため、河川法に基づき水利権を取得している。しかしながら、この許認可が中々苦労されているとのことを伺った。

【図3】川上ミニ水力発電所 (左:発電所/右:変電設備)

菜の花エコプロジェクト

大町でも市内の旅館・ホテル・飲食店などから食廃油を回収し、BDFとして精製している他、廃止されたスキー場を開墾して菜の花を蕎麦と混作。取れる菜種を、菜の花農業生産組合が手作業で搾りヴァージンオイルとして販売中。このオイルは、オレイン酸が豊富な上、ビタミンEやα-リノレン酸も含まれている。私も購入してみたのだが、オリーブオイルとはまた違った感じ。

見学した3月、菜の花の芽たちは雪の下で頑張っていた【図4】。頑張った甲斐あって、そろそろ満開のシーズンを迎える頃ですね!

【図4】廃止されたスキー場を開墾した菜の花畑 背後は北アルプス

黒部ルート

大町とNPOに関連した話題を。2008年夏、もうひとつの旅クラブメンバーらと黒部ルート見学会へ。

黒部ルートとは、黒部峡谷鉄道本線・欅平駅から黒部川第四発電所(黒四発電所)を経て黒部ダムに至る輸送設備。通常このルートは、関西電力(関電)の発電施設の保守・工事用として使用されているが、一般の人々にも水力発電事業を体感してもらおうと、関電主催による「黒部ルート見学会」が実施されている。筆者らは、大町市扇沢から関電トンネルをくぐり黒部ダムへ。そして黒部ダムから黒四発電所を経て欅平へと向かった。

関電トンネルは、黒部ダムを建設するための資材を運搬するルートとして掘削され、現在は、立山黒部アルペンルートの一部にもなっている。トンネル建設工事の際には、フォッサマグナに当たる箇所・破砕帯と重なり頻繁に出水、黒部ダム本工事以上に大変な難工事だったといわれる。 

この、破砕帯難工事の模様は、「黒部の太陽」(製作・主演/三船敏郎・石原裕次郎)として1968年に映画化された。観客動員 733万人、興収16億円の大ヒットとなった前代未聞の超大作映画であり、事業者・関西電力や施工者・熊谷組は実名で登場している。石原氏が「この映画は大型スクリーンで観て欲しい」と望んだことから、テレビ放映やDVD化は長らくなされてこなかった。

黒部ダムはアーチ式ドーム型ダムといわれ、高さは186mと我が国では最も高い【図5】。1963年に完成した。ダムから勢いよく放水されている水で発電していると思われがちだが、これは観光用の放水。実際はダムの脇にある導水管に水を通し、下流にある黒四発電所で水力発電を行う。

【図5】黒部ダム

黒部ルートを進んでいくと黒四発電所の直前でインクライン(産業用ケーブルカー)に乗る。このインクラインの高低差は456m、傾斜角度はなんと34度もある。黒部湖に溜められた水は、このインクラインの脇に設置された急斜面の水圧管路を通じて非常に高い水圧で発電所へ送られる。台車が地底から這い上がってくる様子はSFのよう【図6】。そしてインクラインが黒四発電所の駅に着けば、そこは中島みゆきさんが紅白歌合戦で「地上の星」を歌った地。

黒四発電所で使われているベルトン水車は、おわんの部分で水を受けて高速回転させ発電する【図7】。おわんといっても、人の頭ほどの大きさ。この後、小説「高熱隧道」の舞台となった黒部川第三発電所を経て欅平駅へ【図8】。

景観と雪の対策のため、黒部ルートは殆ど地底都市。約3時間、又とない探検をさせて頂いた。

ここで取り上げた、川上ミニ水力発電所は使用水量0.43㎥/s、有効落差0.45m、最大発電量0.3kW。日本第4位の発電能力を有する黒四発電所は使用水量72㎥/s、有効落差545.5m、最大発電量335,000kW。

規模は全く違うが、いずれも北アルプスの湧水を最大利用した発電所。そして、両者の距離は意外と離れていない。

【図6】地底から這い上がってくるインクライン
【図7】ベルトン水車
【図8】黒部ルート欅平駅 



3Dデジタルシティ・信濃大町 by UC-win/Road
「信濃大町」の3Dデジタルシティ・モデリングにチャレンジ
UC-win/Roadによる3次元VR(バーチャル・リアリティ)モデルを作成したものです。NPO地域作り工房の手がけたプロジェクトを中心にUC-win/Roadの機能を活用して表現しました。「くるくるエコプロジェクト」の導水路と水車によるミニ水力発電所、「菜の花エコプロジェクト」のスキー場を開梱した菜の花畑、さらに、網の目のような水路が市内を流れる「水のまち」信濃大町の上空からの全景や日本最大級の黒部ダムをVRモデル化しました。北アルプスの豊富な湧水など自然環境を活かした信濃大町ならではの風景をリアルに表現しています。

 
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