vol.11

消費行動と自己表現
~コロナ禍を経て、日本の子どもたちに起きた変化とは?~

株式会社 パーソナルデザイン

http://www.pdn.jp

プロフィール

唐澤理恵(からさわ りえ)

お茶の水女子大学被服学科卒業後、株式会社ノエビアに営業として入社。1994年最年少で同社初の女性取締役に就任し、6年間マーケティング部門を担当する。2000年同社取締役を退任し、株式会社パーソナルデザインを設立。イメージコンサルティングの草分けとして、政治家・経営者のヘアスタイル、服装、話し方などの自己表現を指南、その変貌ぶりに定評がある。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科経営学修士(MBA)、学術博士(非言語コミュニケーション論)。

 2025年5月、ユニセフ イノチェンティ研究所から日本の子どもたちに関する興味深い発表がありました。

 それは、コロナによるパンデミックを経て、日本は子どもたちの生活満足度の平均値が向上した唯一の国であり、基礎学力も向上した3か国の一つでした。とくにコロナ前まで先進国中2番目に低い傾向にあった「社会的スキル(すぐに友達ができると答える15歳の割合)」が向上したというのです。

 元来、先進国の中でも、「数学・読解力スキル」はトップクラスにある日本の子どもたちですが、「社会的スキル」は最下位に近いことが特長です。それがパンデミックの後、若干ながら向上した理由はなんだったのでしょうか。

平成女児ブーム再来、シール交換の効用

「平成女児(1990年後半から2000年初頭まで小学生だった世代の女性)」の間で流行ったキャラクターシール収集や交換。今まさに再燃しており、子どもだけでなく、親子や夫婦、カップルの間でも大人気です。平成女児とは、今では20代後半から40代の女性たちです。小学生の頃を懐かしんで、子どもや夫と楽しんでいるというのもブームの一要因です。

 昔からお馴染みの『たまごっち』や『クレヨンしんちゃん』のほか、『めめっち』『くちぱっち』など新キャラも追加され、ぷっくりと立体感のあるシールやきらきらしたシールなどは製造が追いつかないほど! 売上は平成時の10倍というからすごいマーケットです。とは言っても、筆者自身は皆目見当がつきませんが。笑

 11月3日に「日経トレンディ」が発表した「2025年ヒット商品ベスト30」では、1位は大阪・関西万博とミャクミャク、2位は映画『国宝』などに続き、4位に輝いたのが「平成女児売れ」。平成女児に関する商品、中でもシール集めやシール交換がブームになっているのです。百均やネットなどでレア(稀)なキャラクターシールを探しては購入し、同じものを持っていない友達と交換し合い、コレクションを増やしていきます。レアなコレクションを所持していればいるほど、友達との交流が増えて、自分自身の人気も高まるようです。

 その使い方、遊び方をSNSで共有したりと、かなりの発展ぶりです。まさにSNSが、令和版シール交換ブームの大きな要因となっているようです。

FNNプライムオンラインより引用

デジタルネイティブ世代の消費行動

 新型コロナウイルス感染症が広まった2020年から2022年にかけて、Z世代/ミレニアル世代(※1980年代から2000年代生まれ)に代表されるデジタルネイティブ世代が、コロナ禍を通じて起こした行動・消費動向の変化に着目し、Beyondコロナに向けた消費のニュースタンダードを探るための調査を、電通デジタルが実施しました。

 その結果、デジタルネイティブ世代は、「理想の自分のために、積極的にチャレンジしたい」(Z世代:56.0%・ミレニアル世代48.3%)、「より多様な人と出会い、刺激をもらいながら生きていきたい」(Z世代:56.5%・ミレニアル世代:47.3%)、と回答。また、コロナ禍以前と比べて両者の傾向が強くなったと約3割(現状維持も含めると約9割)が回答し、活動の制限など多くの苦難があった中でも、SNS上などで多様な人と出会いながら、理想の自分を描き、その未来に向けて挑戦し続ける世代であることが伺えます。ちなみに、Z世代とは15歳から24歳、ミレニアル世代とは25歳から34歳です。

 商品・サービスの消費価値観については、「好きな商品やサービスを通して、誰かと繋がることがある」(Z世代:45.7%・ミレニアル世代:39.5%)、「自分がどのような商品・サービスを利用しているかは、自分らしさを表現する上で重要だと思う」(Z世代:55.0%・ミレニアル世代:51.5%)と回答。ちなみに、おとな世代(35歳から59歳)では、前者29.5%、後者41.5%です。2020年に行った調査でも消費活動が自己表現へとつながる傾向にあったようですが、パンデミックを通じて、この傾向はより強くなったといえます。

消費行動は、自己表現手段のひとつ!

 デジタルネイティブ世代にとって商品・サービスとは、単なる機能としての役割だけでなく、理想の自分に近づくための「自己表現・コミュニティ選び」といった役割も持つと考えられます。

 消費行動にも自分らしさを求めるデジタルネイティブ世代の行動は「自己表現消費」と名付けられ、購入検討の前段階としての日常フェーズでは、日頃の暇つぶしの中でSNSを利用し、様々な情報に出会い、その中で気になった情報をお気に入りボタンや保存ボタン、スクリーンショットなどを用いてストックします。商品検討時には、自身で日常的に保存・ストックしている情報や、ネット/SNS上でまとめられている情報など、事前に絞られた情報を参考に、商品購入の検討を行っていることがわかりました。

 「自己表現消費」を行うデジタルネイティブ世代は、最終的な購入決定において「壮大なビジョン」や「社会に貢献」しているブランド・商品を選択することで、自身もそのビジョン・社会貢献に参画している一部であることを表現していると考えられます。

消費行動から得られる社会的スキル

 近年、地域で盛んに展開する“こどものまち”は、ドイツで始められた“ミニ・ミュンヘン”を模した子どもたちによるまちづくりの遊びです。主に2日間の仮想のまちの中には、市役所、銀行、警察、ハローワーク、放送局などの公共施設があり、飲食店、ゲーム、手芸や、リサイクルショップなど子どもたちのアイデア満載のお店が存在します。店長となる子どもたちはアルバイトを雇い、商品やサービスを販売します。客が少なければ、放送局を活用して宣伝して歩きます。子どもたちは市民となって働き、給料をもらい、稼いだお金で遊びます。まさに社会の縮図。“こどものまち”は、日本国内でもかれこれ40年近い歴史があり、パンデミック前はおおよそ200自治体で開催されていましたが、後には300もの自治体に膨れ上がったようです。

 ここ数年、さまざまな分野でミニ・ミュンヘンや“こどものまち”に関する研究がなされてきましたが、とくに消費者教育としての効果を検証する研究論文は興味深いものです。

 “こどものまち”を通して、子どもたちは、消費をめぐる物と金銭の流れを考えたり、物の選び方、買い方を考え適切に購入したり、約束やきまりの大切さを知り、さらには、物や金銭の大切さに気付き、計画的な使い方ができるようになるという結果です。

 また、中学生になると、消費者の行動が環境や経済に与える影響までも考えられるようになり、身近な消費者問題トラブル及び社会問題の解決や、公正な社会の形成について考え、さらには、消費生活に関する情報の収集と発信の技能を身に着けることも大きな効用のようです。


 コロナ禍を経て、日本の子どもたちの社会的スキルが高まったひとつの要因として、SNSやインターネットによる情報取得や消費行動があったのではないでしょうか。消費行動が自己表現につながり、他者とのコミュニケーションを生む。
日本の教育の在り方を考えるヒントになるのではないでしょうか。

 最後に、冒頭のシール交換について経験者のコメントをご紹介します。
「シール交換は友だちとの絆を深める大切なコミュニケーションの場でした。シール帳を見れば相手がわかるとも言われたほど、友だちの趣味嗜好を知ったり、自分のセンスをアピールしたり、そうした相互理解の手段としても機能していたのではないかと思います」

「何より"交換"という行為を通して空気を読んだり、駆け引きや交渉術、等価交換の概念といった社会性が養われていたことは見逃せません。単にシールをやり取りするだけの遊びだったら、あれほどまでに女子小学生たちの心を掴まなかったのではないでしょうか」


【参考文献】

(Up&Coming '26 新年号掲載)



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