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第 2 回  洪水リスクアセスメントのための入門講座 
都市の洪水リスク解析入門
 
書籍『都市の洪水リスク解析』(著:芝浦工業大学教授 守田優氏/フォーラムエイトパブリッシング刊)による入門講座です。洪水リスクアセスメントの考え方について、基本的な理論や手法からリスク評価への応用、将来的な展望までをわかりやすく解説していきます。今回は、都市の洪水リスク分析のために必要と思われる情報を整理します。まず都市流域の特性、都市の洪水流出と都市水害の実態について述べ、次に近年の都市流域の水害で顕在化してきた特徴を明らかし、その浸水氾濫特性と浸水被害特性について論じていきます。
都市の洪水リスク分析 その1

 都市流域について

都市流域の特徴は何か。まずハザードの観点では、都市的な流出機構が挙げられる。すなわち、不浸透域の拡大による有効降雨の増加、雨水排水システムの整備による流出時間の短縮、その結果としてのピーク流量の増大である。また、脆弱性の観点からは、流域内における人口・資産の集中と高度な都市インフラによる浸水耐性の弱体化である。都市の洪水リスクを分析するには、まず都市河川とはなにか、その洪水流出機構と水害被災特性はどのようなものであるかなど、都市流域という分析対象とその特殊性について理解する必要がある。

都市河川とは

都市流域とは都市河川流域である。都市河川は、流域の大部分が平地であり、上流・中流・下流がすっぽり都市部にはいり、流域面積も概ね100km2より小さい。都市河川が、都市中小河川と言われる所以である。このように特徴づけられる河川には、当然ながら大規模河川ははいらない。ただ、上に述べたのは都市河川の概念であり、現実の都市河川は、もちろん、全域が宅地化・市街化しているわけではなく、一部に林地、水田、畑地などの非都市域を含むこともある。図1に三大都市圏において国庫補助事業の対象となった都市河川の流域面積規模を示す。流域面積50km2以下の小規模河川の大部分が8割以上を占め、100km2まででほぼ9割に達する。

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図1 三大都市圏の都市河川の流域面積

また、地形区分で言えば、沖積平野、洪積台地、扇状地、丘陵地(造成地)などの平地が都市河川流域を代表する地形である。これらの地形を都市化の進行という観点で見ると、東京都を例にとれば、沖積低地は明治期以前から、洪積台地は特に大正期以後、丘陵地は戦後の高度成長期にニュータウンとして宅地化されていった。ここで都市河川の特徴をまとめると以下のとおりである。

(1) 流域の流出機構全体が都市化の影響を受ける。
(2) 河道とともに下水道が雨水排水の重要な役割を担う。
(3) 都市的土地利用と人口・資産の集中により被害ポテンシャルが高い。
(4) 都市インフラの高度化が浸水に対して脆弱性をもつ。
(5) 上流・中流・下流の大部分が平地に分布。
(6) 流域面積が概ね100km2より小さい。
本書においては、以上述べてきた都市河川の概念をもとに洪水リスクを論じる。


 都市雨水排水システム

都市河川流域の特徴として前節で6つの項目を挙げたが、(2)の下水道による雨水排水は重要である。都市流域では河道と下水道網が一体となって都市雨水排水システムを構成している。そこで、都市河川流域における下水道の役割についてあらためて考える。

都市河川流域において、降雨が宅地や道路、公園などの素流域に降ると、近くの流入口から下水道に流れ込む。この素流域から下水道を通る流れが都市河川流域の表面流出(=雨水排水)を担っている。都市河川の河道の洪水流とともに、この雨水排水システムの表面流出をいかにコントロールするかが都市河川流域において重要な課題となる。

この都市雨水排水のコントロールはさまざまな方法でなされるが、特に、(1)雨水排水システムの排水能力をあげること(下水管の管径の増大)、(2)雨水排水システムに流入する雨水を抑制すること、(3)下水道管きょシステム内において流れを滞留させることの3つの方法が基本となる。まず、(1)については、下水管の新設や老朽下水管の取り換えなどによって対応するが、コストと時間を要するため容易ではない。また排水能力の増大は、下流側の下水道システムや下水道雨水が流出する河川への負担となるという問題もある。そのため(2)と(3)が主要な手段となる。(2)については雨水浸透ますや透水性舗装などの流出抑制施設の設置、(3)については下水道管きょ内の雨水貯留管の建設として大都市圏ではすでに多くの実施例がある。図2に流出抑制型下水道の概念図を示した。

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図2 流出抑制型下水道の概念図
   (出典:東京都下水道局のパンフレット)

統合的な都市雨水排水システムへ

都市河川流域の表面流出を担う下水道の雨水排水システムは、都市河川の洪水リスクを低減するための重要なシステムである。そのためには、都市流域の河川と下水道のすべての構成要素をシステム工学的に理解し、また行政組織として河川セクションと下水道セクションが協働して都市雨水流出の計画と管理に当たらねばならない。

総合治水が提言されたのは、1977年の第33回河川審議会の「総合的な治水対策の推進方策についての中間答申」であった。従来の河道主義から、都市流域の保水・遊水機能を高めること、さらに適切な土地利用の誘導など、流域全体で洪水に対応する治水の考え方が導入された。

一方、下水道事業が進展するに従い、下水道の排水能力を向上させてもそれを受け入れる河川の洪水疎通能力が不足するなど、河川事業と下水道事業の不整合の問題が顕在化してきた。例えば、下水道が1時間50mmの整備が進めても、河道がまだ50mm断面への拡張が完了していないときは、河道は下水道から流入する雨水を受け入れることはできない。このような場合、下水道の側から流出抑制を進めるなどの努力がなされてきた。

このように河川事業と下水道事業の調整が図られてきたが、今後は、さらに両者を統合した(integrated)雨水排水システムの構築が求められる。すなわち、都市河川の治水施設と下水道の流出抑制施設の要素を組み合わせて、システム全体として河川氾濫と内水氾濫に対して最大の効果をだせるような都市洪水リスク管理である。特に今後は、大規模な洪水調節池の新たな建設が財政的にも困難になると思われることから、既存の河川の洪水調節池と下水道の貯留管の連結により、総体として治水安全度を向上させることも重要な検討事項となるであろう。


 都市化と洪水流出

都市水害の時代

都市水害が初めて注目されたのは、1953年の狩野川台風水害である。このとき東京では、東側の下町低地において広範囲に浸水被害が発生したが、同時に注目されたのは、それまで水害とは無縁と考えられていた東京台地部、具体的には神田川水系をはじめとする山の手地区において甚大な浸水被害が生じたことである。原因として挙げられるのが、何よりも台地部の河川沿いの低地で宅地化が進んだことである。図3に神田川流域の中野区における昭和22年と45年の土地利用の変化を示した。

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図3 中野区における都市化と土地利用の変化

これからわかるように、流域全体で宅地化が進行しているが、特に河川沿いの低地が水田から宅地に変わっている。これらのことによって、流域の不浸透域が拡大し、洪水の有効降雨が増加することとなった。この洪水流出とともに、それまで浸水していた場所に宅地化が進行し、洪水を受ける側も浸水による被害を受けやすい状態に変わった。このように都市的な洪水流出と都市的な被害特性(脆弱性)によって水害が増加すること、これが「都市水害」という言葉で表現されたのである。このように1950年代から始まり、1980年代ころまでの都市流域の水害を、私たちは「都市水害」と呼んでいた。これが古典的な都市水害であり、1990年代以降に聞かれるようになる「都市型水害」とは区別される。


都市化による洪水流出機構の変化

都市流域の洪水流出に影響する要因として、(1)不浸透域の拡大、(2)下水道(雨水排水系)の普及、(3)河道の改修整備、が挙げられる。不浸透域は都市的土地利用として、通常のアスファルト面やコンクリート面など雨水を浸透させない地表域を指す。具体的には、道路と建物の屋根、さらに駐車場などの舗装面が不浸透域となる。次に下水道の普及であるが、これは雨水排水施設としての下水道である。表面流出は、下水道によって、地表面だけではなく地表面下の人工的な水路を速い流速で流れることになる。この速い流速が洪水ピーク流量を押し上げる。また、最後の河道改修は、河道の直線化と、今日よく言われる「コンクリート三面張り」の河川に象徴されるものである。河道の断面拡大と摩擦粗度の低下により洪水疎通能力の増大を目的としたものである。これらの3要因が都市化と洪水流出を支配し、特に(1)不浸透域と(2)下水道普及が洪水のピーク流量を増加させた。この都市流域の洪水流出の増大が、1960年代から80年代の古典的な都市水害の原因となった。


都市化による洪水流出機構の変化

このような流域の都市化による洪水流出の変化が劇的に現れたのが、1960年代から始まる丘陵地のニュータウン開発である。都市化による洪水流出の変化については、1970年代から1980年代にかけて多くの研究者が集中的に取り組んだ。都市洪水流出に関する研究の最盛期であったと言ってもいいかもしれない。この期間の都市化と洪水流出に関する研究成果は、角屋1)によって総括されている。


 都市域の有効降雨

都市河川において、河道改修は用地買収に要する費用や時間の点から困難な場合が多く、そのため河川の治水安全度を高めるために、地下空間を利用した調節池・貯留管や放水路・分水路が建設されてきた。このような大規模な治水施設が不可能なときは、流域対応として雨水浸透施設や雨水貯留施設を設置することにより、河川や下水道に流入する有効降雨を減らすことが課題となる。

都市流域の有効降雨を評価するうえで、浸透域と不浸透域の調査、さらに浸透域における浸透能力の調査は、都市洪水のハザード解析と都市流域の治水計画・雨水排水計画において重要である。ここで都市域の不浸透域と浸透域の考え方、さらに浸透域の浸透能の実態について述べる。


不浸透域について

都市域の浸水氾濫解析においては、流域をまず浸透域と不浸透域に分ける。不浸透域とは、すでに述べたように、雨水が浸透しない表面で被覆されている領域を言い、具体的には、道路や建物・住居の屋根面、駐車場などを指す。都市域における不浸透域の割合が不浸透域率と言われる。

図4には、東京都の代表的な都市河川流域である神田川流域、目黒川流域、自然丘陵地の大規模宅地開発として知られる多摩ニュータウンの乞田川流域と大栗川流域の不浸透域率を示した。年代的に少し古いデータであるが、神田川と目黒川は既成市街地を流れる典型的な都市河川であり、不浸透域率は60%前後である。大栗川流域は、まだニュータウン開発前で、林地主体の自然流域であり、不浸透域率は20〜30%である。同じく丘陵地の乞田川流域は1970年代に開発が進み、不浸透域率は20%から60%前後に急激に増加している。神田川流域は東京23区で宅地化が最も進んだ流域である。宅地として市街化された地域の不浸透域率は60%前後と考えてよい。

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図4 都市流域における不浸透域率の調査結果

下水道接続と実質不浸透域

不浸透域率は、都市の洪水流出において基本的な指標であり、都市域の流出率は基本的にこの不浸透域率によって決まる。特に中小の洪水に対しては不浸透域のみの応答を考慮すればよい。しかし、この考え方は、道路面、屋根などの不浸透域がすべて下水道に接続されていることを前提としている。

図5に都市河川流域における有効降雨流出のフローを示した。不浸透域はすでに述べたように、浸透による損失がなく降雨が流出する領域を指しており、具体的には、道路面、建物・住居の屋根面、駐車場等の舗装面である。これらの不浸透面が実際の都市流出において不浸透域として機能するかいなかは、これらの不浸透面が下水管(雨水管)に接続されているかどうかにかかっている。

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図5 都市河川流域における有効降雨流出のフロー

下水道接続の実態を調べるため、筆者らは、東京都23区内の神田川本川、妙正寺川、目黒川流域、さらに郊外の野川流域において、それぞれ100戸から180戸をサンプリングして現地で調査を行った。現地調査では、屋根の雨樋のうち、下水道に接続されているのは道路側の雨樋で、反対側のそれは庭に流れ出すままになっているケースが多かった。不浸透域率を流出モデルで設定するとき、下水道接続率を考慮した実質的な不浸透域、すなわち実質不浸透域を対象にしなければならない。このように不浸透域を下水道との接続と組み合わせて把握したのはTerstrip2)らが最初である。図6に、下水道接続を考慮した不浸透域率の概念を示した。


図6 下水道接続を考慮した不浸透域の概念

都市流域の表層浸透特性

都市流域では、地表の半分以上がコンクリート、アスファルト、屋根などの不浸透域で覆われ、残りの浸透域である公園の裸地・草地や運動場などもその表面は踏み固められている。このような地表面の変化が都市域の保水・浸透や蒸発散に大きな影響を与えている。それでは都市流域の浸透域の浸透能はどのくらいだろうか。

ここで浸透域の表層浸透能について実験結果をもとに述べる。筆者らは東京都内の善福寺川流域に位置する善福寺川公園内の4地点と大栗川・乞田川流域内の多摩ニュータウン地区の5地点で散水実験を実施した。一定降雨強度の条件における実験地点の終期浸透能の値を表1に示した。草地や林地という地表が植生で覆われている地表面で、それぞれ20mm/hr前後、60mm/hrを越える終期浸透能を示す。しかし、裸地、造成地、盛土などの地面では、踏み固めによって浸透能は低下し、数mm/hrの低い浸透能である。多摩ニュータウンの草地も、裸地と同程度の浸透能であるが、これは人の通り道に近い場所であり、人によって踏み固められたため浸透能が低くなったと考えられる。

都市流域には、公園や運動場などの裸地が保全すべき浸透域として残されている。しかし、その浸透能は数mm/hrのオーダーである。このことは都市域の雨水浸透施設の役割の重要性をあらためて確認させるとともに、都市域の浸透域は、窪地貯留も含めて、浸透効果よりはむしろ貯留効果をもつものと考えることもできる。ただし、民家の庭などはそれほど踏み固めが強くなく、浸透域としての能力はある程度期待できると言えよう。

実験場所 土地利用 終期浸透能(mm/h)
善福寺川公園 裸地A
裸地B
草地A
草地B
3〜8
2〜6
18〜20
22〜23
多摩ニュータウン 裸地
草地※)
造成地
盛土
林地
4〜6
3〜7
2〜5
1〜3
63〜65
表1 土地利用別終期浸透能の測定結果[15] ※)盛土上の草地 

ところで、都市域の流出解析において有効降雨をモデル化するとき、損失降雨の算定においてホートンの浸透方程式を用いることが多い。降雨と浸透と流出の関係は、1980年代、地表流と地下流の相互作用の問題として、ホートン流、非ホートン流などが議論された。結論として、山地や丘陵の自然流域では非ホートン流が通常見られる流出パターンであるが、平地に広がる都市流域においてはホートン流が支配的である。このことを確認するため、中央集中型降雨による散水実験で浸透能の変化を調べた結果が図7である。土地地表面として、草地、裸地、造成地、盛土を対象に浸透能を測定したが、ほぼホートンの浸透方程式のように浸透強度が指数関数的に減衰している。

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図7 散水実験における浸透強度の時間変化

 都市水害の浸水被害特性

都市水害の原因としてまず豪雨が上げられるが、豪雨も台風と集中豪雨では降雨特性が異なっており、溢水氾濫や内水氾濫など浸水の原因にも違いを生じる傾向がある。

降雨発生原因と浸水原因

水害を生じる豪雨の発生原因としては台風と集中豪雨がある。図8は台風と集中豪雨を区別して浸水被害を示したものである。図で暫定的に日雨量/時間最大雨量=2の線を入れた。集中豪雨のほとんどがこの線より下方に入っているが、台風の場合、通過にともない長時間降雨が持続するため、時間最大雨量に対して相対的に日雨量が大きい。また台風は、局所的な集中豪雨に比べて、流域の広範囲に長時間の雨をもたらす。そのため被害規模も大きい。

次に、溢水氾濫と内水氾濫という浸水原因について考える。図9は、浸水被害を溢水氾濫と内水氾濫から検討したものである。溢水氾濫の場合、局所的に内水氾濫している箇所もあり、ここにある溢水氾濫には内水氾濫も含まれていると考えられる。内水氾濫表示は内水氾濫のみである。溢水氾濫においては浸水域が広く、内水氾濫も含むので、浸水戸数が数1000戸になるような大規模な浸水被害が多い。内水氾濫の場合もいくつかのケースで浸水家屋数が1000戸を超えるケースもあるが、概して被害の規模は小さい。内水氾濫でも規模の大きいものは、河川水位の上昇によって下水道の雨水吐からの流出が妨げられ、それによって河川付近に浸水域を生じたことによると思われる。


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図8 神田川流域の洪水による浸水被害と
    豪雨発生原因
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図9 神田川流域の洪水による浸水被害と浸水原因

参考文献
1) 角屋睦:都市化に伴う流出の変化,土木学会論文集,第363号/U-4,pp.23-34,1985.
2)Terstrip, M.L. and Stall, J.B.:Urban runoff by road research laboratory method, Proc. A.S.C.E., HY6, pp.1809-1834, 1969.

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第2章 都市と洪水流出 第6章 洪水リスクの不確実性
第3章 洪水リスクアセスメントの基本フレーム 第7章 洪水リスクのアセスメントとマネジメント〜課題と将来
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